「ところで、どうしてモロッコなんですか?」
初めて会う人としばらく話をして、ちょっと間が空くと、必ず聞かれる質問。
「ところで、どうしてモロッコなんですか?」
時間が無いとき、何となく気乗りしないときは「さあ、どうしてなんでしょうね。」と言って話題を変えてしまいますが、本当はちゃんと、話せば長い理由があります。
私がはじめてアラブ・イスラム圏に触れたのは、四歳のときのこと。
母の姉の夫が駐在しているアメリカ・ニュージャージー州に三ヶ月滞在する機会がありました。
ちょうど夏休みだったので、私は近所の幼稚園のサマースクールに通う事になりました。
いきなり異文化の中に放り込まれた私はもちろん嫌がって初日は大騒ぎをした記憶がありますが、しばらくすると英語でお友達たちと遊べるようになり、楽しく通園するようになりました。その幼稚園は非常にインターナショナルで、様々な肌の色の子供たち、先生が居て、その中にマリアム先生というアラブ系の先生が居ました。
彼女とのふれあいが、初めてのアラブ・イスラム圏とのふれあいでした。
日本に帰国後、「せっかく覚えた英語を忘れてしまうと勿体無いから」
と母が言い出し、私は近所の英語のクラスに通うようになりました。
たまたま知り合いの紹介で通い始めたお宅の先生のご主人はパレスチナ人の画家。
日本人の奥様(先生)とアメリカの大学留学時に知り合い、二人の娘さんと日本で暮らして居ました。パレスチナ人のご主人は、直接の先生では無いのだけれど、自由業だから家に居ることが多く、クラスが終わった後、よく遊んでもらいました。
彼が作ったレモンの蜂蜜付けをよく食べさせてもらいましたが、今考えてみると、ご主人の故郷の味なのでしょう。よく遊んだ二人の娘さんの名前はモナちゃんとマリアムちゃん。
三番目のふれあいは大学時代。
大学生になったら、アルバイトをして世界中を旅しようと思っていた私は、ある春休み、友人と連れ立ってヨーロッパをめぐることにしました。
飛行機でロンドンまで飛び、陸路でフランス、スペインを回り、マドリッドから南回りで日本に帰国する計画です。
ヒースローに到着して、地下鉄でロンドンの中心部まで出たのは良いけれど、はじめてみるヨーロッパの町並みに圧倒されて、地下鉄の駅から離れるのが怖くなったり、大英博物館に行き、あまりのスケールに疲れ果てたり、お金が無くてフィッシュアンドチップスばかり食べたりして過ごした後、バスでパリに行きました。
パリでもやっぱり物価が高く、ユースホステルに泊まり、毎日シシカバブと果物ばかり食べていました。
おなかが空くと気力も萎えて来ます。
ある日、「一日くらいは贅沢したいね。」と言う話になり、持っていたフィガロのパリ特集をペラペラめくってみた所、「Chez Omar」と言うクスクスやさんが目に付きました。
「贅沢」と言っても、学生だった私たちにはフランス料理は敷居が高すぎます。
何となく、日本では中々味わえないようなエスニックがこの日の食事にふさわしい気がしたのでした。
行ってみるととても立派なお店でした。(今考えてみると、それなりにカジュアルなお店だったのですが、毎日露天のシシカバブだった私たちには非常に立派な店に見えました。)
私たち以外は、殆どがフランス人のきちんとしたカップル。
何となく緊張しながら良くわからないメニューを見ていると、花売りのおじさんとそのお友達らしき顔の濃いおじさんが近づいて来ました。
日本から来たの?学生?
パリの食事は気に入った? 気に入ったもなにも、毎日シシカバブと果物ばかりでよく分からないけれど、パリ自体はとても素敵で来られてよかった。
などと言う話をしているうちに、花売りのお友達だと思っていたおじさんが、ここのお店のご主人、オマールさんで、アルジェリアから来た人だと言うことが分かりました。
「私は日本が大好きで、この店にも日本人のデザイナーがよく来てくれるんだ。
せっかくわざわざ来てくれたのだから、私の国の美味しい食事を堪能して言って欲しい。
今日の食事はご馳走するので、遠慮なく味わって行って。」
ええ~本当に?
と思う間もなく、私たちのテーブルには沢山のお料理が運ばれてきます。
アラブ風サラダ、シシカバブ、クスクス、煮込み、ブリワット・・・
周りのテーブルは上品なカップルが上品に食事をしているのに、私たちのテーブルだけてんこ盛りです。
私たちは、「本当に大丈夫なのかな」「後で請求されたらどうやって支払う?」
などと会話しながらも、旺盛な食欲でどんどんご馳走を頂きました。
最後にデザートや果物、お茶まで頂いた後、また、オマールさんが近づいてきました。
「今日は僕のお店に来てくれてありがとう。もしまだ時間があるのだったら、パリにもう一軒お店があるから来なさい。またご馳走するよ。」
「ええ・・・本当にありがとう御座いました。この旅行中、こんなにおなか一杯食事をしたのは今日が初めてです。」
「そう言って貰えるとうれしいよ。明日も是非来なさい。そうそう、時間があるのだったら、是非モスケドパリに行って見なさい。とても綺麗な場所だから。モロッコの雑貨も見られるし、お茶も飲めるしハンマムにも入れるよ。」
「本当にご馳走様でした。」
「もう本当におなかが一杯だね」
「明日は絶食でも良い」
などと馬鹿なことを話しながら、幸せな気分でホテルに帰りました。
あつかましい学生の私たちは、翌日も、彼の「もう一軒のレストラン」でご馳走になり、モスクに行き「うわー甘いね」と言いながらミントティを飲み、モロッコ雑貨を見て、パリの中のエスニックを堪能。
パリ滞在の最終日、ポストカードを集めることが趣味だった私はポンピドゥセンター近くのポストカード屋さんに入りました。
あるカードに目が留まりました。
黒いターバンで頭をぐるぐる巻きにして、目だけ出した男の人のアップの写真です。
不思議に惹きつけられるものを感じて、カードを買い、パリを後にしました。
あの人は一体何者なんだろう?
見ず知らずの私達にどうしてあそこまで親切にしてくれたのかしら?
その後、パリに行く機会があり、何度かお店に行ってみましたが、オマールさんとお会いすることは出来ませんでした。
今考えてみるとあれは、イスラム的な「喜捨」だったのだと思います。
見ず知らずの旅人に親切にすることも、イスラム的な行為です。
きっと、オマールさん&レストランのスタッフにしてみれば、よくある親切の一つだったのでしょう。そして、フィガロのパリ特集に「パリのエスニック」特集ページが組まれたのも、編集部の気まぐれだったのかもしれません。
が、貧乏旅行中だった私たちに取っては忘れられない出来事でした。
その経験が、その後のモロッコへの旅やビジネス、結婚やモロッコ人とのハーフの娘の誕生に繋がるのですから、人が人に及ぼす影響と言うのは不思議な力を持っているなあと思います。
その後も色々なところに旅をするようになり、モロッコに行き始め、しばらくして、「SAHARA」と言う写真集と出会いました。
日本人の写真家、野町和嘉さんによるサハラ砂漠の写真集でした。
素敵だなあと思ってみていると、見開き一杯に見覚えがある写真がありました。
パリで買った、あのポストカードの写真でした。
ディアモロッコ/宮本 薫
http://www.dearmorocco.com/
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